注目店のキラーメニュー 御料理 一穂

 
多くの人が行き交う恵比寿駅から大通りを歩くこと数分、細い道を入った場所に立つビルの3階にあるのが「御料理 一穂」です。扉の向こうに広がる静謐な空間には、10席を備えた白木のカウンターがあり、調理場に立つ山崎さんの笑顔が出迎えてくれます。
 

 
「自宅にいるみたい」とゆっくり過ごされるお客様も多い、その居心地のよさの根底には、薫陶を受けた親方の「料理が美味しいのは当たり前。まずは人」という教えがあると話す山崎さん。料理の味がどんなに素晴らしくても、お店でのサービスやコミュニケーションに満足していただけなければ、お客様が再び来店されることはないと肝に銘じています。
 
味はもちろん、料理にかけた手間や時間も
お客様に提供したい価値

 
自分の目の前にある食材と向き合い、そこから生まれてくるアイデアやインスピレーションを大切にし、ありそうで無かった、意外性やインパクトのある料理を理想に掲げる山崎さん。だからといって流行りの料理や革新的な料理を追い求めているわけではありません。大切にしたいのはあくまでも“基本”。京都の親方に学んだ煮炊き料理の技と味、寿司屋で得た魚の知識、カウンターでお客様が望むものにその場その場で応える対応力など、これまでの様々な経験が「御料理 一穂」には息づいています。
 
近年は、シンプルな調理で素材そのものを味わう料理が支持される潮流もあります。しかし山崎さんは、素材の味を活かしながらも手間と時間をかけて1つの料理を仕上げることに、楽しさと価値を見出しています。「例えば昔の料理は、今と比べてとても甘かったり味が濃かったりします。それは、その料理が生まれた当時は砂糖がとても貴重だったり、保存が難しかったりしたためです。料理にはそれぞれが生まれた時代背景や食糧事情が反映されています。もちろん昔のままでお出しするのではなく、味つけなどは時代に合わせてアレンジしますが、手間と時間をかけて調理することによって、その料理のバックグラウンドもお客様に伝えていきたいと思っています」。今回のキラーメニュー、「穴子の昆布巻」も、そんな想いを込めた一品です。
 

 
親方から受け継いだ大切な料理
「穴子の昆布巻」

 
穴子を昆布で巻いて炊き上げる「穴子の昆布巻」は、昔から伝わる古典的な料理であり、山崎さんの親方が得意とする料理でもあります。昆布巻というと正月の食卓にのぼるイメージもありますが、「御料理 一穂」で昆布巻が提供されるのは、主に季節の変わり目。春はたけのこ、夏はなすなど、煮炊き料理には季節ごとに主役となる野菜がありますが、それらの野菜の旬と旬の合間にお客様に楽しんでいただくことが多いといいます。「お客様が食べたい料理をお出しする一方で、自分が食べたい・作りたいという料理もお出ししたい。親方から受け継いだこの料理は、自分が食べたくて作りたい、そしてお客様にも食べていただきたい大切な料理なのです」。
 

 
穴子はその時々で美味しいものを厳選し、昆布も、昆布巻に適した日高昆布から厚さなどを吟味した物を使っていますが、穴子も昆布も様々な物を試しながら、味の最適解が得られる物を今も探し続けています。また、お客様に最高の状態で食べていただくために、盛り付けは食べやすさを重視し、過剰な演出は控えます。
 

 
穴子は開いてふっくらと白焼きにしてから水で戻した昆布で巻き、3日から4日ほどかけてゆっくりじっくりと味を入れて丁寧に仕上げていきます。それだけ仕込みには時間がかかり、一人で店を切り盛りする中では大きな負担にもなりますが、営業中のオペレーションでは助けにもなると山崎さん。「冷たい状態でも、温めてお出しすることもありますが、比較的サッと提供できる料理です。私の店はコース料理を提供しており、お客様に料理をお出しする流れやタイミングが非常に重要になりますが、このような料理があると他の料理に時間をかけることができます」。
 
日本料理の文化継承と繁栄のため
ワンオペを推奨してはいけない

 

 
近年、人材不足や働き方改革、時短など、社会が大きく変化していく中で、一人で店を営業し、単なる効率化では成し得ない価値がある料理を作る山崎さん。調理以外にも開店準備から片付けといった大変な労力がかかっているものの、自分にはこのスタイルが合っているといいます。その一方で、ワンオペレーションの飲食店が増えていくことには懸念を示します。
「穴子の昆布巻」では「ヤマサしょうゆ」を使用していますが、それは山崎さんが思い描く味がこの醤油でないと出せないため。「濃口の醤油は、京料理では使用頻度がそれほど高くなく、昆布巻や甘露煮など時間をかけて煮込む料理に使います。煮込むと味にカドが立つ醤油もありますが、ヤマサの醤油ではそのようなことがなく、味わいが優しくまとまります」と、「穴子の昆布巻」だけでなく濃口醤油を使う料理全般に「ヤマサしょうゆ」は欠かせないといいます。その根底にあるのは、同じ醤油を使っていた京料理の親方のもとでの学び。ワンオペレーションの飲食店が増えれば、このような味や文化の継承、ひいては日本料理の今後の繁栄も期待できないと危機感を募らせます。自身に弟子がいないことにジレンマを感じている山崎さんですが、それでも親方から受け継いだ味をこれからも作り続けていくとお話しくださいました。
                                                                                                                                            
【店舗紹介】
御料理 一穂

 
〒150-0013
東京都恵比寿1-23-10 LCUBE EBISU 3F
17:00~23:00(L.O.21:00)
※要予約
※月曜定休
https://www.ichiho-tokyo.jp/